2001年 7月号
1、予感したときにはもう遅い?変革への行動
いつも大変お世話になりありがとうございます。
7月は毎年売上げが少ないのですが、今年はいつになく大きな変化を起こす嵐の前の静けさか、何か不気味な感じです。今後売上げがどのように推移するのか、そしてどのように対策を考えて行けばよいのか。経営者としてどのような考え方で対処するか、考えを巡らせています。皆様はいかがですか?
平成5年の好景気から不況への転換期では行動を起こすことが非常に多くありました。リストラ、工場閉鎖、生産の中国移転そして頭脳分野の充実のための研究所の設立、情報システムの向上、得意先満足度の充実などです。商品面では昨年より、ニューオフィスユニフォーム、ビルメンテナンスユニフォームの分野を従来商品とは別カタログにしました。価格表示は上代価格ではなく販売価格を表示して、別会社の夢パレットの役員が得意先を訪問し商品の説明をして販売促進に務めております。
さらに、中国では、工場に働きながら日本語情報システムを勉強する学校も作りました。目的は人件費の安さを生かしてのソフト開発を日本から受託することです。来年から稼働です。開校のきっかけは、2年前、ある日本の情報システムの会社から、5年先には日本の情報システム開発がインドや中国などの企業に価格で負けて消滅すると聞かされたことです。しかし5年先ではなく、2年後の今、激震中だということです。予感として感じたことが実態となって迫ってくるまでが、大変短くなっています。予感して直ぐ行動を起こしても、手遅れのことが多くなっています。実感してから行動をおこすようでは到底時代についてはゆけません。
2、もっと迅速で効率的な行動を
先程のニューオフィスユニフォームは、企画から縫製技術の研究準備までに5年を要しています。開発の過程では失敗商品の廃棄、人件費が大変な金額です。この資金は全てリミット商品の利益から出しています。リミット商品を安売りすると資金がなくなり開発は止まってしまいます。また、商品価格を維持することはそれに値するサービスを提供しなくてはなりません。それでリミットは苦情電話ゼロを目指して頑張ってきました。その結果、苦情電話はほとんど無く、目標は99パーセント実現しています。今後の厳しさを考えて色々な分野を軌道に乗せるように努力いたしておりますが、まだ軌道に乗っていません。もし1年早くスタートしていたら、このように厳しい状況になってきたとき大変貢献してくれたのではないかと思います。予感即行動の大切さを痛感いたしております。
アメリカ企業の収益悪化に直面したときの対応は日本とは比較にならないほどドライで迅速です。多くの大企業が軒並み大規模なレイオフ(将来再雇用する事を条件に一時解雇すること)を実施した後に、残った社員にも無給休暇をとるよう半ば強制し始めているようです。人材を流動資産のように扱う経営手法には一長一短があります。しかし、変化への対応の速さは、問題を先送りする日本とは全く異なっています。この5月、米国内線の乗客数は前月比1割以上も落ち込んだそうです。企業が出張旅費を切り詰め、インターネットをより有効に使った会議の方法を採っているのです。一方、日本の場合、早朝夜の移動なら理解できるけれど、朝7時から10時台に3分から8分の間隔で東京大阪間をのぞみが走っています。会社が始まる時間に居眠り新幹線が通っているのです。通信手段の発達した時代に新幹線での毎日の大勢移動は私には理解ができません。
3、破綻が来た松下(日本)的経営
松下電器産業が希望退職の募集をしています。同社は雇用維持を重視してきた会社です。早くから週休2日制を採用し、退職者への手厚い企業年金を創設するなど経営の手本になる会社でした。私も松下幸之助の本を読んでいましたので、5年前のリストラ断行には苦しみました。松下は4、6月の業績は連結営業赤字に転落したもようである、との記事もあり、最近はグローバル化や情報化に伴う構造変化によって、企業内でのやり繰りだけでは雇用の維持は難しくなったのです。「従業員を大切にする」というお題目だけでは解決できなくなったのです。このことを知ったとき、私の罪の意識が少し楽になりました。事実、リストラを決断していなかったらリミットは現在生き残っていません。経営の神様の哲学に反した行動をしたから生き残ったといえます。
多くの方は、松下経営哲学の雇用を守ることが善として実践されたのではないかと思います。或る銀行の支店長が次のように言われました。銀行の意見を良く聞く人の会社は大きくなっていません。しかし銀行から借りていて意見を聞かない人はいません。リミットは資金がないのだから下請けになれと銀行から申し渡されたこともありました。しかしそれには従わず、ブランドを持ったメーカーの道に進みました。頭を下げることが嫌いな私の代わりに、頭を下げる補佐が頭を下げ続けたから、道が開けたのです。最近猛烈に感じることは、肺結核をする者は小心で神経質です。小心者の私が結果を見ると強引なことをしています。私の守り神が絶えず後ろから指図したのだと思うようになりました。自分の力では到底できない、と思うことを多く実現しています。不思議なことです。
4、中国での成功とは?
7月初め、中国から総経理が懸案になっている工場建築について話し合いのために来日しました。現在の工場は古い建物を修理して使っているので雨漏りもしているので新工場が必要なようです。しかし日本の厳しい状況では工場建築の資金を送るのは大変困難です。しかし総経理は資金を日本から送ってもらわなくてもよい、と言いました。それでは今の工場の収入では資金がないではないかと聞いたところ、総経理は詳しく説明をしました。日本の常識では理解できない話でした。資金無しで工場建築か可能であるという説明を理解することができません。総経理は中国のことは、中国の表裏を知っている私に任せて下さいと言います。詳しく聞いた私が信じられないのです。皆様に詳しく説明しても理解できないかと思います。先日連絡があり、なんと北京政府で審議中、と連絡が来ました。
日経産業新聞に、中国での生産の成功例の記事が出ていました。某社の中国事務所には若い中国人スタッフを採用、事務所運営の全てを一任している。「優秀な人は自分で仕事をしょうと思っている。そこで日本人が"俺が管理者だ"と威張るのは逆効果」一見、大胆な人事とも見えるが「やる気のある人は自分にもチャンスがあると思って頑張る。それを見て他の従業員はさらに頑張る。」同社の中国事業の成功の秘訣はこの任せる大胆さにあるようだ。と以上のように出ていました。
2001年7月25日
リミット株式会社
代表取締役 有 木 伸 宏
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